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【アメリカの“魂”ハーレーダビッドソン、そのルーツを追う・第2回】H-Dミュージアム探訪~その歴史を歩む

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 ミルウォーキーの中心部からほど近いメノモニー川のほとりに建つ「ハーレーダビッドソンミュージアム」は、ハーレーダビッドソン(以下、H-D)生誕105年を記念して2008年にオープンした。H-Dの殿堂として、H-Dファンのみならず一般の観光客からも人気が高いスポットだ。
 建物の外観はグレーの鉄骨でフレームに囲まれた黒壁の外装、ハードながらアーティスティックな面持ちで、館内には歴史的遺産とも言える希少なモデルやマイル・ストーンとなったモデルなど、400台以上が展示されている。
 

ミルウォーキーのダウンタウンから歩いて行ける。市内観光名所の一つで、世界中から多くのツーリストが訪れる。博物館らしからぬ鉄骨で装ったハードな外装、インパクトのあるデザインだ。

 110年前に生産されたシリアルナンバー1の初代モデルをはじめ、歴代のモデルから年代を追って見て回れるようになっているのだが、バイク本体だけではなく、関係する文献や当時のカタログ、関連のグッズなども一緒にディスプレーされており、生誕から現在に至るH-Dヒストリーを垣間みることができる。

110年前に生産された記念すべき製造番号1号機。10×15フィートの納屋で製造された。
 かなりのスペースを割いてディスプレーされているが、アメリカ史上の“恐慌”“戦争”“繁栄”……という激動の時代に翻弄されてながら一世紀以上もの時を刻んできたと思うと非常に感慨深い。
 ほかにも、レースやカスタムバイク、映画で登場し話題となったバイクなど、カテゴリー別のコーナーもあり相当見応えがある。1つの特設コーナーには、東日本大震災の際に津波に呑まれカナダに漂着して、日米で話題となった横山氏のH-Dも展示してあった。
 車体全体は錆で覆われ、変わりはてた痛ましい姿を晒している。ありのままを見て感じてほしいという博物館側の意図から、敢えて保存処理は一切施されておらず、今現在も腐食が進行しているとの説明だった。


1910-1920頃H-Dもレースに積極的に参戦していた。当時は“ボードトラック”(板張りのコース)でスピードを競った。事故が絶えず”murder dome”(殺人場)と呼ばれていたそうだ。


当時のカタログやポスター、看板など販促品も展示してある。1920年代、既に日本を含む67カ国へ輸出していたそうだ。マーケティングにも長けていたと想像できる。


震災の津波によって宮城からカナダ西部の島まで6500km漂流したH-D。現在も腐食が進行している。

 別館の2階には、アーカイブとして新旧の市販モデルとレース車輌約270台が移動式ラックに保管されている。ビンテージとも言える年代モノのモデルも新車状態だったが、市販車に関してはレストア品ではないそうだ。これらは、将来に於けるリファレンス用の実物資料として保管されているとのことだった。
 
“アーカイブ”では、実物資料としてビンテージから高年式モデルまで新車の状態で保管されている。ボタン一つで動かせる移動式ラックに乗せて保管。図書館の資料室のようだ。

“カスタムカルチャー”コーナーには、映画で有名になったH-Dも展示してある。カスタムのお手本となった、映画「イージーライダー」の“キャプテン・アメリカ”。ちなみに展示車はレプリカとのこと。

 数百台もの真っさらなH-Dが、巨大なラックに整然と並ぶ姿は圧巻としか言いようがない。H-Dマニアが見たら、ヨダレが止まらない光景に違いない。いったい、どれほどの価値になるのか…、つい下世話な考えが頭に浮んでしまった。勿論、販売されることは一切ない。

年代ごとに並ぶH-D。デザインやハードウエアの移り変わりが見て取れる。

 
戦場で活躍したH-D。受注数でライバルメーカー“インディアン”と差を付け、その後明暗を分けることとなる。

H-D=アメリカの白バイのイメージが強いが、写真は1930年代のもの。リアに消火器まで装備していた。

■なんと、創設者の孫に遭遇!
 館内に併設されるカフェレストラン「Motor」で食事をしていると、偶然にも思いがけない人にお会いできた。ウィリー・G・ダビッドソン氏が一人でフラっと入店して来たのだ。創設者ウィリアム・A・ダビッドソンの孫で、昨年までH-D社の副社長兼チーフ・スタイリング・オフィサーとして社を牽引していた人物だ。
 
創設者の一人ウィリアム・A・ダビッドソンの孫で49年間在籍。昨年惜しまれつつ引退した。現在は親善大使としてH-Dブランドの向上に貢献している。
“ローライダー”や“ファットボーイ”など、数々のヒット車種を生み出した功績が讃えられ、H-Dファンにとってはレジェンド的存在の人。現在は、ブランド大使としてファンとの交流に務めている。当日も店内のお客とフレンドリーに握手をしたり、一緒に写真を撮ったりと引っ張りだこであった。現場を引退してもなお、H-Dの顔として活躍している。
 ちなみにこのレストランでは、ハンバーガーやホットドッグといった典型的なアメリカンフードを提供している。ボリューミーなアメリカンサイズなので、注文の際にはご注意を。
 いよいよ次回は、ルート66ツーリングの模様をレポート。お楽しみに!
■関連記事
【アメリカの“魂”ハーレーダビッドソン、そのルーツを追う・第1回】ハーレーダビッドソンのサンクチュアリ・ミルウォーキー本社と工場往訪
http://dime.jp/genre/102012/
■製品情報
http://www.harley-davidson.co.jp/
撮影/堤 晋一、取材・文/T.Saku
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http://news.livedoor.com/article/detail/7958156/
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